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淡路島かよふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬスマのセンチネル

没後12年の今頃レビュー

中島梓『文学の輪郭』

文学の輪郭 (講談社文庫)

文学の輪郭 (講談社文庫)

 この装丁キテるでしょ?(もちろん背表紙もコレ)菊地信義デザイン。著者の(栗本薫名義含め)処女出版の文庫化で原著から(本編で論じられてる)三田誠広との巻末対談(も読みたかったが)省かれ、一編の論考となる著者あとがき(自己解説でもあれば事後弁明でもある)がつく。
 ところで、この直前に読んだ斎藤美奈子日本の同時代小説 (岩波新書)』で栗本薫は完全に無視されていたが、それというのも斎藤女史は「小説」と称しながら「文学」寄りで、栗本薫中島梓がこの初登場でなしたことは、「文学」をやめて「小説」家(本人によると「物語作家」)になる宣言だったからだ。
 これを東浩紀動物化するポストモダン』ちっくに言い換えると、「物語化する文学」。東氏の「動物」はこの上梓時は(彼の考える)オタクのことだったが、結婚して家庭を持つとともにだんだん吉本隆明の〈大衆〉概念に近いものとなってきた。そこで吉本『最後の親鸞』流にいえば、「ポストモダン」が〈往相〉で「動物」が〈還相〉。中島『文学の輪郭』は「文学」(少女)が〈往相〉で「物語」(作家)が〈還相〉。斎藤女史は依然「文学」(少女)的なので…。
 なんにせよ物語作家になるにあたって、こういう理論構築をまずやるというのが笠井潔氏に似てる、同世代性というか。東浩紀が現代の吉本隆明だとすると、(吉本左派として)皮肉なことに花田清輝の役回りを背負わされたのが氏であるとも思えるのだが。