horror of mean army ?

淡路島かよふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬスマのセンチネル

ウルトラマンは小泉八雲である

映画『シン・ウルトラマン』予告【2022年5月13日(金)公開】

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 公開から2か月半後に旧ウルトラマン(オリジナルTV版)の最終回との併映で観た。だいたい何事も前作『シン・ゴジラ』的な展開で、よりこなれた感じになっている。元のウルトラマン自体が日米安保の暗喩と言われる(たとえば佐藤健志ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』)が、シン・ゴジラにもあった日米関係の自嘲が主題的に拡大されて、日本の戦後サブカルチャーの王道を行っているとさえいえる。
 すなわち登場する(ウルトラマンを含む)「外星人」(平たく言ってガイジンだな笑)がアメリカ人(ないしアメリカから来た人)の喩なのであって、ウルトラマン文化人類学みすず書房版『野生の思考』が画面に出てくる笑)的シンパサイザー(たとえていうとラフカディオ・ハーン)であり、ザラブがネオコン的戦争屋(たとえていうとコーデル・ハルないしナンシー・ペロシ)であり、メフィラスがジャパンハンドラー(たとえていうとマッカーサーないしジョゼフ・グルー)であり、ゾーフィとゼットンがそのままトルーマンと原爆だろう。『宇宙戦艦ヤマト』に同じく悪くいえば日米戦争の「合理化」なんだが、たしかにこれこそがウルトラマンの思想の「完成形」だなと感じられた。
 映画館には父親と来てる小学生とかいたが、子供には難しすぎるだろう(苦笑)。ウルトラマンとメフィラスが地球人の姿で小料理屋で一杯やりながら地球の「処分」を話し合って、さて「おやじ、お勘定」「割り勘でいいよな?」このセンス・オブ・ワンダーが子供にわかるか?