horror of mean army ?

淡路島かよふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬスマのセンチネル

姦通の記号学

姦通の記号学 (1984年)

姦通の記号学 (1984年)

 これと『私自身への証言 (1972年)』を先日の古書市で買ったもので、ぼちぼちと読みついでいると、今日がちょうどタイトルのような日になるのだという。そうとは意識せずなんとなく、15年ぶりぐらいにこの作家の明晰な(といっても優等生的でなく、むしろ悪童による暴露的な)評論に接して、ますます好きになっていたところだから、奇遇(というのか)に驚いた。
 本書の採り上げるテーマはあまりに多岐に及ぶので(それも「売り」なのだが)、ここでそのひとつルイズ・ブルックスに関して。また偶然にもハードディスクに撮り貯めていたTV映画「アメリ [DVD]」を最近になって視て、これもブルックスのヘアスタイルだなと。文章の書かれた当時はピンク・レディーのミーなんかがリヴァイヴァルの例だったが、その後オリーブ少女的定番になって、そういう文科系女子好みなフランス趣味を自覚して出してるこのフランス映画も当然のように。しかしこういうもの、筆者などの年代にはもう食傷だ、キモヲタのサブカル気取り中森明夫小泉今日子びいきなんかのせいで。
 今時『蟹工船・党生活者 (新潮文庫)』なんぞ読んで入党とか、寝ぼけたことを言ってる奴がいるが、最早そういう段階じゃないだろ。今はもうその先、弾圧され、転向し、徴兵され、敗軍となり、俘虜になったような段階と認識してなければ甘い。だから『蟹工船』より『俘虜記 (新潮文庫)』を読め。そこにいたる全体の構造を追及した『レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)』『レイテ戦記 (中巻) (中公文庫)』『レイテ戦記 (下) (中公文庫)』を読め。これらはまさしくソルジェニーツィンの『収容所群島』に匹敵するものだ。崩壊したソ連で「過去」であることが、日本では未だに「現在」だと痛切に認識しなければならない。