horror of mean army ?

淡路島かよふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬスマのセンチネル

サバタイ・ツヴィ伝

サバタイ・ツヴィ伝―神秘のメシア (叢書・ウニベルシタス)

サバタイ・ツヴィ伝―神秘のメシア (叢書・ウニベルシタス)

 名前だけちょっと聞いたことがあるのは澁澤龍彦著か種村季弘著かなんかで紹介されてたからか。つまり異端人物(か詐欺師)枠である。ネットだと陰謀論がらみでユダヤ悪のルーツ的な扱いを受けてもいる。端的にいって「偽メシア」だ。それでシオニズムの初発時点ではサバタイ主義の再来ではないかと中傷された。これにたいしてサバタイ主義をシオニズムからその先駆として再評価する逆転の発想で書かれたのが本書である。
 高度な学術書で素人にはそれなりに準備が必要だ。(特にドイツの)ユダヤ学における位置づけを知っておくために上山安敏『ブーバーとショーレム ユダヤの思想とその運命』はあらかじめ必読。これと湯浅赳男『【新版】ユダヤ民族経済史 (洋泉社MC新書)』を読んでおくと、この当時のユダヤ世界の広がりと交通に予備知識が得られる。
 これらと別に併読したのがエドマンド・ウィルスン『死海写本―発見と論争1947‐1969』だが、どう関連するかというと、ショーレムが本書でしばしば示唆するように、ユダヤ教の異端としてキリスト教とサバタイ主義には共通点がある。一方が世界宗教になり他方が淫祠邪教に堕したのは、情況の差異に過ぎない。併読によって、キリスト教徒にとっては不愉快だろうが確実に正しい観点をもたらす。
 日本人にとっては同時代的には由井正雪の乱だが、これを明治維新(幕末討幕運動)の先駆とみれば(八切止夫)、ほぼショーレムの発想に重なるし、平井和正の「由井正雪コンプレックス」ともいうべきもの(「幻魔大戦」連作)も一考を要するのではないか。
 それ以上に、偽メシアとしての昭和天皇と日本ファシズムの国民体験を、意外な場所から照射する鏡となる著作なのだった。サバタイの棄教(ユダヤ教からイスラムに改宗)に相当する無条件降伏と人間宣言、デンメー(サバタイに倣って棄教した信徒のセクト)ならぬシンベー(親米)の天皇支持者について示唆を与えられる(後者に関する同時代の資料として『徳富蘇峰 終戦後日記ーー『頑蘇夢物語』』全四巻を挙げる)。