こういう、内容的にも体裁的にも大著と比べると、
カール・ウィットフォーゲルや
梅棹忠夫といった冷戦時代の理論に依拠した今谷著『
封建制の文明史観』なぞは今さら何を言ってるんだ?というようなものかも知れない。じっさい、井上前掲書のタチの悪さは、こういうグローバルな
歴史観に故意か偶然か一致するところのある点だ。ただ、
吉本隆明が「アジア的」というときに日本も当然含まれるアジア的な昏さのただ中にいれば、こんな表面的なアジア礼賛は承服できない。それに案外とこの本は、日本がアジアの中にありながら経済的にはむしろ西洋と同じような中国との関わり方をしていたことを示唆してもいるのだ。